約1年ぶりに、2019年のカザフスタン・東欧旅行のブログを再開いたします。今回は、昨今のニュースで目にするウクライナ西部の都市、リヴィウでの滞在と、リヴィウから鉄道で国境を越えてポーランドへ入国するまでの2日分の更新となります。
2019年8月25日
前回の投稿⑧の振り返りです。
カルパチアの山間を走る鉄道の終点Рахівからハリコフ行き15列車でリヴィウに到着しました。
【Budget Hotel Ekotel】へ投宿。
2019年8月26日
出国前に旅程を考えていた際は、この日もРахівに滞在の予定でしたが、8月24日くらいにリヴィウの南東に非電化の路線があり、M62貨物やDR1が走っていることに気付いたため、旅程を繰り上げています。その「リヴィウの南東に非電化の路線」へ向かいます。
ホテルからリヴィウ南東7kmくらいのСихівの南側辺り(49.779937, 24.083583)に狙いを付けた。
ただ、正直この場所はあまりお勧めできない。航空写真だと線路両脇が開けているように思えたので選んだ場所ですが、実際は掘割なので窮屈です。ストリートビューが2015年なので、私が訪問した際もストリートビューを確認できたはずだが、考えが及ばなかった模様)
ともかく現地に着いて、さすがに当時の自分でも雑草が多いなと思った記憶があるが、炎天下の中(涼しかったカルパチアと異なり、リヴィウは暑いのである)待っていると、時刻表通りにDR1Aの近郊列車がやって来た。
数日前まで滞在していたРахів方面への長距離列車はTE10だったが、どうにもІвано-Франківськ周辺への長距離列車はM62が担当していたらしい。この編成も、南へ向かう列車ではないかと思う(もう記憶が曖昧だが、2019年の冬にイヴァノフランキフスクの周辺で撮影された写真をTwitterで拝見したが、どれもM62牽引だったと記憶している)
イヴァノフランキフスクだと本格的に山岳地帯ではないので、例えば勾配での牽引力などの都合はありそうな理由だと思う。
この列車を撮影したのが12時前頃で、この後から夕方にかけて徐々に光線が良好になるはずなのだが、これを最後にあまりの暑さ(そして記憶が正しければ、近郊列車が午後まで来ないため)に市内に撤収した。
ここで撮った2枚のDR1のカットは当時からイマイチだなあと感じていて(光線も、構図も)撮り直したいなと思っているのだが、なかなか再履修の機会に恵まれない。ウクライナとベラルーシへの訪問が困難である以上、エストニアのGoRailからタジキスタンに譲渡された編成が今後も活躍することを願うばかりである。
午後はリヴィウの旧市街を散歩するなどしたが、あまりの暑さにかなり参っていたと記憶している。また、かなり観光客が多くて気疲れしたことも覚えている。あとは公衆トイレが見当たらずに往生したこととか…
それ以外はほぼ記憶がない。
Googleタイムラインによると、リヴィウ鉄道歴史博物館に30分ほど滞在したことになっているが、たしか閉館していたと思う。
ボロ連接トロリーバス。こういうのをちゃんと撮っておくべきだ…と思うが、この反省は全く生かされず、今年のラトビア旅行でもトロリーバスの写真はほぼカメラに収めていない。(まあそもそも、この写真を「再発見」したのはラトビア旅行から帰国後なのだが)
日本では立山トロリーバスの1路線以外消えてしまって、諸外国のトロリーバスも徐々に充電式のバスに置き換わっていくだろう。もし今後機会があれば、積極的に撮っておくべきだと自分へ言い聞かせておくとする。
リヴィウ駅前のケバブ屋台にて。
2019年8月27日
翌日も晴天。8月27日は丸一日かけて、リヴィウからポーランドのLublinという街へ向かう。
2019年8月末、リヴィウ駅の風景。ちょうど入線している列車が、これから乗るリヴィウとポーランド・プシェミシルを結ぶIC+。
2022年の2月、リヴィウ駅がポーランドへ避難する人々で溢れている様子をニュースで目にすることになろうとは思わなかった。
出入国審査はリヴィウ駅ではなく、国境のMedykaで行われる。ひとつ注意点があるとすれば、ウクライナとポーランドには1時間の時差がある。国境で時計を巻き戻す必要があるが、時差の存在をすっかり忘れていたので、列車が1時間も遅れているのではないかと心配になってしまった。
PrzemyślからRzeszówまでPKP IC 3700に乗車。
欧州のICでコンパートメントではなく、普通の座席が並んでいるタイプのICは比較的珍しいのではないかと思う。1時間と短い列車の旅だったが、かなり快適だった。
ところでvagonWEBを見ると、IC 3700にはカフェカーが連結されていたらしいが見訪問。惜しい事をしたいなあ。
Rzeszówで下車。Lublinへ向かう次の「列車」TLK850まで約50分あったが、ポーランドで使えるSIMカードを持っていなかったので、街に出て入手することにした。
少し歩いてT-Mobileのショップを発見した。【Grunwaldzka 19, 35-068 Rzeszów】
これがTLK 850 Rzeszów→Lublin。フロントガラスの行先の通り、ポーランド国鉄のマークの入った「普通列車」である。
乗客は私を入れて3名。乗客が少ないからなのか、そもそも途中駅がないのか、Lublinまで3時間ノンストップだった。
どうやら、朝夕は本当の列車が走っているらしいが、日中はバスを使っているようだ。日本でも完全なバス転換ではなく、朝夕列車、日中はバスというのは検討されても良い鉄道のあり方だと思う。
ただ、鉄道のあり方とは全く別の話で、バスというのは気軽にトイレへ行けない乗り物なので、できればあまり乗りたくはない。このバスはトイレ付きで助かったが、水は流れなかったので…(どうかお察しください)
定刻より10分ほど早く、Lublinに到着。駅舎に掲げられているDworzecはロシアのBокзалみたいなもので、鉄道駅を意味するらしい。ポーランド駅舎に「駅」と掲げる文化圏だったようだ。
Lublinという良く分からない街だが、かなり直前までオシフィエンチムに行くか迷っていた。オシフィエンチムというとナチスの強制収容所で知られているが、それとは別に、カトヴィツェ-オシフィエンチム-クラクフなどを東西に結ぶ路線は客車列車が高頻度で動いているらしいと思われたので、訪問先としては悪くないかなと思っていた。
ただ、ワルシャワまでの距離を考えると、移動日に設定した日のうちに出来るだけワルシャワに近づいておきたいという考えがあり、時刻表をいろいろと眺めた結果のLublinになった具合である(つまり特に深い訳はなく、その日のうちに移動できるもっともワルシャワに近い、規模感のある都市だから、ということ)
旧市街を散歩するなどして、日没まで過ごした。
交差点に掲げられた巨大なポーランド国旗やルブリン城を眺めながら、宿へ向かった。
改めてGoogle タイムラインを眺めて、当日の行動を振り返ったが、やはりオシフィエンチムに行くべきだったのではないかなあとか、日没前にどこかの幹線で客レを撮影できる場所を探すべきだったのではないかなとか、反省点が多いように感じる。
もっとも、リヴィウからポーランドへ鉄道で国境を越えて、快適なICに乗って、バス代行区間にも乗って、鉄道ファン的な移動としては及第点だと思う。その過程で風景であるとか、見かけた車両の写真をあまり撮っていないことが問題なのである。
2019年8月27日 終