中国東北部遠征 その4-撫順・瀋陽

記事を書こうと編集ページを開いたものの、前回どのように終わったかすっかり忘れてしまったので前回の記事を読むところから始まりました…なんとも情けない

そういう訳で、今回は中国東北部遠征3日目です。この日は瀋陽駅で下車後、同行の(非鉄の)友人は瀋陽で観光、管理人は撫順炭鉱の訪問というのを前回書いたところでした。

翌朝、切符を引き換えに来た車掌に起こされたのが5時40分。

瀋陽に到着後、折角なので一眼レフで少しだけホームの写真を撮っていました。鉄道員にもレンズを向けてみたのですが、生憎ピンボケ写真となってしまいました。国鉄のプラットホームは暗いので仕方ないですね…

そしてこの中国国鉄のサボをいかに撮ればカッコ良いのかという話題はときたま見かけるものですが、でも結局はシールだしなぁ…と思わないでも。中国国鉄のマークも、行先だけではなく列車番号まで記されていてカッコイイことに異論はありません。

瀋陽駅下車後、まだ朝の早い時間ではありましたが、チェックインできないせよ荷物は邪魔なので宿泊先の遼寧賓館、旧奉天ヤマトホテルへ向かいました。

思ったより駅から離れていて、徒歩15分程度です。荷物はやはり邪魔でしたが、歩けない距離ではない。駅から歩くと、中山広場の毛沢東像が見えてきます。ホテルはすぐそこ。

着いてみると、かなり当時の面影を留めていて驚きました。また、速い時間も関わらずチェックインできて感謝でした。


荷物を置いて一息ついて、市内観光する友人を残して私は駅へ。

瀋陽駅の東駅舎は満鉄時代に完成したものが残っています。

撫順へ向かうので、往復の切符を購入。

列車番号、発着駅、時間と硬座と書いた裏紙とパスポートを渡して、支払って終わり。窓口も空いていて、あっけなく購入完了。

駅の東西に跨る待合室に上がります。工事中の哈爾浜駅も完成したらこのように売店など豊富に入るのでしょうか…

しかしあれだけ広いと検票口の場所が分かりません。しかし心配無用、設置されている検索端末に列車番号を入力すればいとも簡単に検索できました。

1時間も前に到着してしまい、もう一本早い列車にも余裕でした…まあ、仕方ないです。

15分前に改札開始で、プラットフォームへ。

手前のベンチレーター付きの客車が何か気になるところですが…YW25と読める気はしますが、ベンチレーター…?22系客車はこんな感じのベンチレーターと空調付きもあるでしょうが、あれは車体にリブが付いていますし、そもそもこれは車体にリブないですし。

瀋陽と撫順を結ぶバスに雷峰号の名がついているのは知っていましたが、列車もこの愛称のようです。

29の席を指定されていましたが、先客が座っていたので適当に34の席へ…

結局、他の客は来なかったので33の席に座って荷物は横へ。まあそんなもんでしょう。

ぼちぼちスマホで時間を潰しながら列車はまもなく撫順市へ。

哈爾浜からだいぶ南下した撫順でもなお、川が凍っています。渾河を渡り、撫順北駅へ。

終着駅なので、人が下りるまで待ってから車内の撮影に成功…空車の硬座車車内の写真はなかなかレヤ貴重ではないかと勝手に思ってます。

人の少ないホームもなかなか、中国らしくて良いものが撮れたなと思いました。

撫順北駅下車。

駅前のバス停から撮影地「东岗駅」へ向かいます。路線バス最寄りの停留所は「南昌路」。21路と22路の2路線が目的地へ向かいます。

22路は撫順北駅からほぼ南へ一直線に「南昌路」へ向かうので停留所の数も少ないのですが、本数はとても少ない様です(結果的に、22路の行先表示は往復共に一度も見かけませんでした)。21路は市内西側を回って遠回りする経路ですから、少々時間がかかりますが、仕方ないのでこちらに乗車。21路もなかなか来ませんでしたので、バス停に頻繁に客を拾いに来るタクシーの方が良い気もします。

停留所から片側4車線くらいある向かい側がすぐ線路です。信号無しの横断歩道(!)を渡り、適当に階段から線路脇へ。

線路には適当なところから入れますが、視界に「东岗駅」のプラットフォームが見えます。「东岗駅」は撫順炭鉱線が客扱いをしていたころの名残ですね。

さて、今回は解説の便宜上、先に地図を入れておきます。例によって、航空写真と地図上の道路等は一致していないませんが、航空写真を見て頂きたく…

例によって写真と、その下に一言二言、書いています。文最後のカッコ内の数字は撮影時刻ですので、参考にしてください。また、列車をそれぞれ南行き・北行き(単に線路の方角の南北です)と表記しますので、それも参考になればと思います。

駅ホームに到着し、本当に列車がやってくるのか半信半疑のまま待つこと十数分。遠くから列車がやってきました。運転されてるのは分かったうえでの訪問ですが、それでも列車が走っているのを自分の目で見れて一安心です。(11:00 南行き)

直前までどの線路を通るのか分からなかったので慌てて移動しました。

3連接の車両はSkoda製の37E形

別の編成です。先ほどの時点で列車が走行する場所が分かったのですから、線路を跨いで順光側へ移動しておけば良かったです。(11:09 南行き)

ツイッターで撫順炭鉱線の写真を探すと出てくる構図の一つで、これに完全に勘違いしていたのですが、駅の北端から撮れるこの構図では列車は「後追い」になります。(11:25 北行き)

ちょうど昼どきだったので嫌な予感はしましたが、これを最後に暫くズリ捨て列車は来ず…

EXIFの撮影時刻を見るとそれほど待たされている訳ではないのですが、飽きてきたので少し移動を始めました。(ポイント3)のあたりです。

先頭は国産の韶峰150形(12:40 北行き)

こちらも似たような場所で移動中に遭遇。おそらく東独 LEW Hennigsdorf製EL1形(12:43 南行き)

EL1形はWEB検索でヒットする写真の説明でも既に引退済みとされていますし、Twitterでもポストが見当たりません。ところが車体裾の形状(前方から一直線でユニット中央部の端がL字になっている)と平面的なスカートといった特徴から韶峰150形ではないですし、より大型の国産韶峰200形(車体裾やスカートの特徴は似ている)は鞍山鋼鉄集団でしか使われていないと思われるため、EL1形と判断しました。

写真で左奥の線路から転線してきた様子を見ただけで、通過後に側面を撮っていないものですから、正解が分かりません。分かる方いたら教えて頂ければ喜びます。

更に南へ進みました。

車掌車の天井の腕木信号のお陰でかなりごちゃついていますが、なかなかシンプルな構図で好ましいです。もっとも、早朝でも光線は厳しそうですが…(12:47 北行き)

線路内を歩くというなかなか非日常的な体験の末、地図上の(ポイント4)付近までやってきました。

左に見えているパイプの上が若干、道になっているのでそこに上ってしまえば安全です。

(ポイント4)からは午後順光でこのような構図で撮影することができます。背景は後ろの分岐まで跨る架線柱と鉄塔でかなりうるさいのは気になりますが、光線については文句ナシです。

訪問前にインターネットでいろいろと作例を探した限りでは、(午前中に駅先で撮影し)午後は露天鉱まで下りて撮影している写真を幾つか拝見しましたが、これならお手軽です(12:50 南行き)

後追いでは逆光とはいえ、側面は当たっているので強めに編集してみたものです。ツイッターに投稿したもので、実は気に入っています。推進運転は韶峰150形。(12:50 南行き)

ズリ捨ての貨物列車は基本的に十数両編成ですが、日本製85t機の牽引するかなり短い編成がやってきました。(13:00 南行き)

事前に読んだ限りでは日本製機関車は不定期の職員輸送などに使われているとのことでして、これもズリを積んでいないのでやはりそういった運用なんだろうと納得しました。

また、撫順炭鉱線の職員は撮影者に少なくとも拒絶的ではないという話もあり半信半疑だったのですが、この機関車の運転手がやたらとこちらを見てきたので手を振ったところ、笑顔で振り返してくれたので、ああ、なるほどとこれも納得。

世界中に旅する海外鉄のツイートなどに目を通していると、運転手に取り敢えず笑顔で手を振るのは重要な挨拶だと思います

日本製85t機の単機(13:54)

日本製ロコは三菱や東芝製などがあるようです。インターネットで写真を探すと、側梁と連結器受け回りに差異があるようです。

ズリ捨て列車はピストン運転のようです。627号車は1時間半ほど前にも撮っています。(14:32)

逆光写真は取り敢えずモノクロで編集したら「らしく」なるというのは以前から知っていましたがこれほど効果的な被写体は初めてです。とても気に入っている写真です。線路を歩く地元民も素敵です。

それはそうと、この奥のストレートまで足を延ばせばかなり日本人好みの編成写真が撮れるのではと思います。望遠レンズの圧縮効果で、思った以上に遠いのですが…

帰りの列車は16:32発。30分前には駅について、バス待ち20分、駅まで渋滞にハマって30分かかるとまあ、そろそろ撤収するかと待っていたところに、分岐側の線路に日本製85t機+国鉄貨物編成(14:35 分岐線)

12:50に撮影した南行きの構図で機関車先頭の編成を撮れるまで待つ予定でしたが、日本製85t機+国鉄貨物編成はレヤ!貴重!次の機関車先頭の編成がいつ来るか分からないし、といい具合に区切りをつけて撮影地から退却。

最後になってしまいましたが、一応線路立ち入りはNGと書かれています。もっとも、自己責任なら渡ってもいいと書かれてるような気もします…

この後、バス停まで歩いて、22路に乗車して撫順北駅に戻ります。冒頭にも書きましたが、21路のバスは全く見当たらず。

一応早めに駅に着きましたが、あと30分くらいは余裕で粘っても余裕でした。まあ、こんなもんです。もっとも、撮影地周囲で犬(飼われていると思いたい)が数匹ギャンギャン吠えてて不穏だったので早々に逃げてきた感もあります。

その後、駅で暫く待っているとこれまでのアドレナリン中毒の鉄道ファン業務から解放された疲れが一気に出てきたのか、乗車した満員の硬座車も瀋陽まで熟睡。高価なレンズをカバンに入れていて何とも無防備ですけど…

瀋陽駅に戻ってきたのは日没後。空が良い色してる頃には中山広場に戻ってこれました。

旧奉天警察署。

朝鮮銀行奉天支店

東洋拓殖銀行奉天支店

瀋陽駅を向く建国の父、毛沢東。彼の望んだ国がそこにあるのか、それとも今の開放型経済を取り入れ発展を進める中国は彼の目指したものなのだろうか。などとらしからぬことを考えていました。暗いので良く分かりませんが、彼の足元を支える人民、兵士、農民、そして女性までも…の像は芸術的です。

回収忘れが惜しいですが、左側に見えているICBC建屋は旧横浜正金銀行。横浜正金銀行、そこら辺にある浜銀のイメージが強すぎて存在が薄い(適当な言い訳)

一旦ホテルに戻ります。

一休みしたのち、街へ。歩いて西塔街のコリアンタウンへやってきました。どう見てもノースコリアンです。ありがとうございます。

まあ、冗談にしても、看板は派手なんですが、アーケードはところどころシャッターが下りていて微妙にさびれた感じの大通りです。

奥の方まで歩いて、適当なところで一本裏の路地へ。焼肉店が並んでいて、店によっては客も並んでいて、百度地図を見ると一帯の焼肉店のレビューはどこも評価も件数もかなりのもの。客が並んでいなかったので、「太白山」という店に入ってみることに。

ソウルを火の海にしています

うんめ~~~~~~っっ!!!完全に日本人の口に合う味っ!!

調子乗って頼んだ冷麺はスープは完全に冷麺なんだけど麺がちょっと違う感じ。肉とビビンバと冷麺はやりすぎました。

という訳で、あとはホテルに戻って、就寝。寝台で車掌の声で起こされて、撫順炭鉱線で撮り鉄して、中山広場も良い感じに写真撮れて、コリアンタウンで友人と焼肉して、何とも充実した一日。素晴らしい。

といったところで、記事を作り始めてから更新まで実に2か月!中国東北部遠征 その4-3日目、撫順・瀋陽でした。次回、港町大連です。

ではでは

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